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指導か、教育か、暴力か。
昨年夏、某相撲部屋の力士が、先輩力士と親方により暴力を受けて死亡する事故があった。加害者である先輩力士は、あくまで稽古だたと言い張っていた時期もあり世間や報道側からも大きな批判があったように記憶している。

確かにビール瓶で頭を殴るといったような行為が本当にあったとすれば、暴力以外の何者でもない。いくら体力や学力やが違うそれぞれの人間であっても、人に傷が付くと理解できる範囲はたいてい同じである。同じでない人が、叱られたり、時には罪人となるのだ。


しかし毎日報道されるニュースを見ていると、残念ながら教育と指導と暴力とセクハラが混同し始めているのではないだろうかと思わざるを得ないのが現状だ。とはいえ、そもそも、そのものたちの境目などないのかもしれないが・・・。


社会は、誰もが共通したマナーやルールや一般常識の中で生きてきた。そのおかげで、一人一人、してはいけないことを積み重ね、自分を“叱り”他人を“叱る”ことで、皆立派に成長しあってきた。

ところが、“叱る”側にも“叱られる”側も非難や批判を受ける事態が相次いでいることで、たとえ親子でも、虐待や暴力とされてしまうようになってしまった。

子は叱られないことを愛情だと勘違いして生きる。そして大人になって誰かに叱られると、たちまち虐待だの暴力だのセクハラだのと世間から放り出されるまでの事態へと発展する。

怖いのは、たとえそこに、思いやる気持ちがあったとしても、同様の事態になることだ。叱る行為には、必ず「相手のために」という言葉がくっついていると思っている。だからこそ、“効き目”があり、やってはいけないことの意味を考えるようになるのだと思っている。

しかし、親子の間に“げんこつ”すらなくなる時代を見ていると、そういった“効き目”は、お互いの受身態勢がないと成り立たないのだと諦めに似た気持ちになる。現代画報で孤独死についての興味深い記事が出ていた。
それは、「孤独死」とは、本当に孤独か?
とういうものだった。

一人暮らしをしている老人などが、誰に看取られることなくなくなった後に発見される事件などでひろまったこの孤独死。もちろん発見前になくなっているので、それが果たして孤独によるものなのかは定かではないために、孤独死者数が明確にはでていないが、年々増加傾向にあるのは確かだ。

この孤独死の原因となっている高齢者の「独居」にはさまざまな理由がある。止む絵終えない事情を持っている人、死別して一人になってしまった人、一生独身の人など様々だ。中には家族との連絡が途絶えてしまった人も多いだろうと予想できる。しかし、これが果たして孤独死の最大の理由かといえば、そうだと言い切ることは難しい。

なぜなら、一人で暮らしているからと言って他人と関わらないのかといえばそうではない。隣には人が住んでいて、公園には多くの人がいて、老人ホームや図書館に行けば人はたくさんいる。役所にいけば相談所もある。すなわち、コミュニケーションの場はないわけではないのだ。しかし、このコミュニケーションは日本全体に今薄れてきているとあらゆる場所で言われてきている。事実、隣人の顔を知らない人も稀ではないだろう。

頻繁に交流をしていれば、少しの異変に気づいて一命を取り留めたかもしれないケースもこれまでの中ではあったのかもしれない。そう思うと、悲しい最期を迎えた方が無念でならない。

孤独死とは、誰かに助けを求められないことではなく、誰かに支えられているということを感じずに逝くことなのだと誌では伝えている。

孤独死を増加させないためにも、「当たり前になった社会のコミュニティー不足」の改善を急がなければならないのだろう。経営の悪化による私たちの注意点
今朝のニュースで、教習所破産の報道があった。
教習生が支払った料金の全額返金が厳しいだけでなく、
他の教習所への転進手続きや、従業員である講師陣の
突然解雇によるフォローもなく、関係者の怒り爆発といった
様子がテレビから流れていた。

びっくりしたのは、高齢者だけが残された
過疎化地域ではなく、若者の多い東京都だということだ。
受講生は約1,700人。負債は数十億円もあったと伝えていた。
もちろん、街での運転はそれほど必要とは言えないが、
社会に出れば、運転免許が必須となる職業もある。
就職を前に、がんばってためたバイト代で免許取得に向けて
がんばっている人にとっては、途方に暮れる状況だ。

最近経営の悪化によってこうした破産が相次いでいる。
経営停止の直前に知らされるケースも多い。
暮らしやすいとは言えない経済状態を抱える人も多い世の中で
一瞬にして仕事を失う人もいて、その中には再就職が厳しい
人もいて、ますます生活が苦しい人もいる。

たとえ周囲の評判がよくても、利用者がたくさんいても、
多額の料金がかかる場所へは利用者が注意するしかないのかもしれない。

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2009.01.27 Tue l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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